ライカを持って旧街道を歩くサイト。現在は旧東海道を歩いており、江戸日本橋から38番目の宿場である岡崎宿に到着しました。気力を振り絞り、ゴールの京三条大橋までの道のりを歩き通したいと思いますので、みなさん応援お願いします!

旧東海道・品川宿の本陣と脇本陣|現在の姿を写真で紹介

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現在、私は旧東海道を歩いている。

道中、ただ歩くだけでは面白みに欠けるので、ガイドブックを片手に江戸時代を中心とした名所や旧跡を見ながら、「江戸時代の旅人もここに立ち寄り神社にお参りしたのか」とか「ここに宿場があり、大名がこの場所に泊まったのか」と思いを馳せて楽しんでいる。

ということで、今回から参勤交代の大名が宿泊した本陣と脇本陣の今の姿を見ていこうと思う。

では、東海道最初の宿場である品川宿から、いってみよー!

目次

本陣・脇本陣とは?

本陣は、江戸時代の宿場で、大名、公家、幕府役人などの身分が高い旅行者が宿泊や休息をとるための施設で、特に多くの大名が参勤交代で往来する東海道では、本陣がとても重要な存在だった。

そんな本陣は現在のホテルとは違い、地元の由緒ある家が本陣として自宅を提供していた。本陣の外観上の特徴は、門構え、大名などが出入りする玄関、庭、土蔵などがあること。要するに本陣は、宿場にある最高格式の公認宿泊施設になる。

脇本陣は、本陣を補完する施設で、大名に次ぐ身分の人物が脇本陣を利用したり、大名行列が同じ日に重なった時に身分の低い大名が脇本陣に宿泊したようだ。

また、大名、公家、幕府役人など、身分が高い人物しか泊まれない本陣に対し、脇本陣は空いていれば一般人も利用することができた。

ちなみに、天保十四年(1843年)の東海道宿村大概帳によると、東海道の宿場ごとの本陣は2.09軒、脇本陣1.28軒になる。

さて、天保十四年(1843年)の東海道宿村大概帳によると、今回の特集である品川宿の本陣は一軒で、脇本陣は二軒あったようだ。旧東海道踏破の旅で場所が判明できたのが本陣一軒、脇本陣一軒になる。では、解説とともに現在の姿をどうぞ。

品川宿本陣

まずは品川宿について。品川宿では、当初、南品川宿と北品川宿に一軒ずつ本陣があったが、南品川宿の本陣は早くに廃業し、江戸中期まではここ北品川宿の鶴岡市郎右衛門が務めた一軒のみになっていた。

しかし、その本陣も明和八年(1771年)と文化八年(1811年)の2度火災で焼失し、鶴岡市郎右衛門は再建が困難になる。そこで、北品川宿、南品川宿、歩行新宿(北品川宿の北側)の三宿が負担して、共同経営をした。

明治五年に宿制度が廃止されると警察庁病院などに利用され、昭和十三年に聖蹟公園になったそうだ。

ちなみに、明治元年に明治天皇が東幸した際にここが行在所になったことから、明治天皇が訪れたことを意味する”聖蹟”という名前になった。

ということで、こちらが旧東海道側から見た鶴岡市郎右衛門が長く務めたという品川宿本陣の今の姿、聖蹟公園の入り口になる。

向かって左に『品川宿本陣跡跡』と刻まれた、比較的新しい石碑が設置されていた。

東海道の通り沿いの間口は狭かったが、奥に進むと広々とした公園が出現する。品川区のホームページで本陣の図を確認すると、まさにこの形だった。

聖蹟公園には、おそらく、往時に使われていたものを再現したのだろう井戸が設置されていた。

ちなみに、この約800坪の土地を売りに出すと、35億円から50億円! 品川区、本陣再建のために売らずに頑張ってくれたのね!?

現地調査日:令和七年十月十二日

品川宿脇本陣

北品川宿と南品川宿を隔てるのが目黒川。それに架かる品川橋(境橋)を渡たった目の前の城南信用金庫が、広瀬治兵衛が務めた品川宿の脇本陣があった場所になる。

お堅い金融機関だが、元脇本陣ということで、外観は和風の装飾がなされていた。

品川宿には江戸中期まで、北品川宿と歩行新宿に二軒脇本陣があったようだが、ここは南品川・・・なぜ??

文政年間(1818-1830年)の記録によると、脇本陣は歩行新宿とこの南品川宿に変わっており、広瀬治兵衛が務めた脇本陣は江戸後期にできた比較的新しいもののようだ(といっても200年以上前だが・・・)。

そんな城南信用金庫の片隅には立札があり、この場所がかつて広瀬治兵衛が務めた脇本陣があったと書いてあった。

現地調査日:令和七年十月十八日

今回は、東海道五十三次の最初の宿場である品川宿の本陣と脇本陣の今を見ていただいた。本陣があった場所は現在の聖蹟公園となり、脇本陣跡には城南信用金庫が建っている。建物そのものは残っていないものの、石碑や案内板などから、ここがかつて大名や公家、幕府役人らが利用した場所だったことを知ることができる。

普段何気なく歩いている旧東海道も、ここに本陣があったのかと思うと、また違った景色に見えてくる。

次回は、川崎宿に残る本陣と脇本陣を紹介するので、興味のある方はご覧ください。

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ライター紹介

静岡生まれ静岡育ち現在も静岡在住の50代、大福と申します。平日は会社に御奉公し、週末はライカを持って旧街道を歩いてます。

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