大福のブログ

ライカを持って旧東海道を歩く【第27回】(掛川宿→袋井宿)

今回も旧東海道踏破の旅の続き。

自宅のある静岡市を出て東海道新幹線に乗車し、前回の到着地である掛川宿へ。ゴールデンウィーク真っ只中なので座れるか心配したが、こだま号はいつも空いているので余裕を持って座ることができた。まあ、一駅だけなのだけど。

この旅で新幹線を使うのは久々になるが、これからは自宅から遠ざかるので乗車する機会がまた増えそうだ。などと考えていると、あっという間に前回の到着地の掛川宿の坂本陣に到着。

昨晩は強風雨だったが、朝になると雨は止み薄曇りの空模様。さすがにゴールデンウィークなので、Tシャツではちょい寒いが、まあ、少し歩けばちょうど良くなるだろうと思い、持ってきた薄手の上着は着ずに、しゅっぱーつ!

目次

山内一豊千代像

少し歩くと左手に清水銀行がある。いや、看板が無いと到底銀行とは思いない和の雰囲気。木造の外壁だが、防犯上の問題はないのかと思うが、当然しっかり対策されているのだろう。

それにしても、木造建屋にブルーのシャッターがなんともミスマッチだ。

そんな清水銀行の外壁には、掛川城の当主を務めた山内一豊とその妻である千代の浮彫りがある。

若き一豊が名馬を欲しがったところ、千代が密かに蓄えた黄金を持って願いを叶えたという内助の功が美談として伝えられているが、この浮彫刻はその一場面。

ちなみに掛川城はこの角を右に曲がった先になる。

円満寺

その先に円満寺があるが、このお寺の見どころはなんと言ってもこの山門。

この立派な山門は、もともと掛川城の内堀にあった蕗門。江戸末期の安政東海地震後に再建された蕗門だが、明治五年に廃城になった際に円満寺が買い受けたそうだ。

そして徳雲寺を左手に見ながら進み、

ここを斜め右に入る。

そして秋葉常夜燈を右に入って行くと東光寺がある。

東光寺

こちらが東光寺。養老年間(717-724年)奈良時代の高僧の行基が開基した天言宗の草庵だったが、天文年間(1532-1755年)に曹洞宗に改称した。

となりには、十九人の首実験をした後に葬ったという十九首塚があるが、恐ろしいので見るのはパス。

東光寺を出たら200mほど進み、この交差点を右に進む。

そして逆川橋を渡るのだが、ここでApple Watchのアプリを起動するのを忘れていたことに気づきスイッチオン。蒲原宿以来の失態を犯してしまった。

逆川橋を渡った先にある信号機を右に折れてしばらく歩き、

今度は大池橋を渡る。昨日の豪雨により倉間川は増水し、かなり濁っていた。

大池橋の渡詰めを左折して、

天竜浜名湖線のガードをくぐる。

白山神社

ガードをくぐり少し歩くと白山神社の標石があるので、ここを右折して一旦旧東海道を離れる。

突き当たりにあるこちらが白山神社。この辺りの地名、大池村の鎮守になる。

宗心寺

白山神社のとなりにあるのが宗心寺。

山門から立派な屋根が特徴の本堂が見えた。こちら宗心寺は掛川市でもっとも古いお寺の一つ。

津島神社

宗心寺から旧東海道を300mほど歩き、少し入った場所に津島神社がある。

境内にあるエノキは、掛川市指定保存樹木。

大池の一里塚跡

津島神社のすぐ先の、蓮祐寺の前に大池の一里塚跡の標石がある。

この辺りに大池の一里塚があり、塚木は松だったようだ。

江戸日本橋から五十九里(約236km)。

名残りの松をくぐると、

完成までに1週間もかかるという手作りあられの老舗、平松商店(創業大正四年)の前へ。ぜひ買ってみたかったのだが、本日は休業日ということで残念ながらスルー。

こちらは創業が慶応三年(1867年)という、銘酒 曽我鶴や萩の蔵の蔵元、曽我鶴酒造。老舗が続く。

そして国道1号線のガードをくぐり、

くぐった先の横断歩道を渡り左へ。

この日はゴールデンウィークの真っ只中ということで、田植えを終えたばかりの田んぼが広がる。昨日の豪雨の影響はなかったか。

そしてすぐの道を斜め右に向かうのが旧東海道。

東名高速道路のガードをくぐり、

名残りの松を見ながら進む。うーん、見どころが少ない・・・。

そして善光寺橋を渡ると、やっと次の目的地がある。

善光寺・仲道寺

旧東海道の右手に、向かって右に仲道寺、左に善光寺の碑がある。

階段を上っていくと正面にまず善光寺がある。

だいぶ疲れていて、やや傾いているのようにも見えるが、しめ縄や門幕(昨晩の強風で右に寄っているが)が掛かり、今でも大切にされていた。

善光寺の沿革ははっきりとしないようだが、江戸幕末のころに祀られていた阿弥陀仏は、平安時代の初めに活躍した坂上田村麻呂の守り本尊だと言い伝えられたそうだ。

善光寺の向かって右にある山門をくぐると、

仲道寺がある。仲道寺は享保十八年(1733年)に袋井市にある正法寺から和尚を招いたのが始まり。

仲道寺のある場所は江戸と京の中間にあたることから、この寺名になったそうだ。

先ほどの大池の一里塚が江戸日本橋から五十九里(約236km)ということで、東海道五十三次の総延長である約百二十六里(約504km)の半分にも満たないが、この後に舟で渡る七里の渡しを差し引くとほぼ中間点。

週末の楽しみになっているこの旧東海道踏破の旅が、あと半分で終わってしまうのかと思うと、ちょっと寂しい気分になる。終わったら他の街道を歩こう。

では、ここから旧東海道の後半戦スタート!

原川の松並木

仲道寺を後にすると、沿道には松並木が広がる。原川の松並木だ。

ガイドブックには『松食い虫の影響を受けてわずかに残すのみ』と書かれていたが、松は青々と元気だ。ガイドブックの発行は平成三十一年三月ということで、七年の間に無事復活したのだろう。

東海道らしく緩やかに弧を描きながら続く原川の松並木は、ここまでで最長の長さで、江戸時代の旅人のような気分で気持ちよく歩く。

松並木が終わりに近づくとベンチがあったので、ここでしまし休憩。道中はずっと向かい風で、汗が冷えてやや寒く、上着を着て再出発。

金西寺と間の宿原川

原川の松並木が終わると間の宿原川に入り、その入り口にあるのが金西寺。

瘡薬師と呼ばれる本堂の薬師如来像は体の一部が包帯で巻かれている珍しい姿をしていて、東海道の旅人の足の痛みや疲れを和らげてくれたという。

間の宿原川は掛川宿まで一里十八町(約6km)、袋井宿まで三十三町(約3.3km)の位置にあった。往時は名物薬師餅を売る茶屋や酒屋などが軒を連ね、賑わったそうで、現在でも趣のある商店やお食事処が残っていた。

金西寺から200mほど歩くと『是従和田岡村原村ヲ経て森町ニ通ズ』と刻まれた古い道標があった。

今での町名として残る森町は、清水次郎長の子分だった森の石松の出身地。そういえば清水を歩いた時に、森の石松を騙し討ちにした都田吉兵衛の供養塔が建てられていた。

道標を過ぎたら丁字路を左に折れて、

ガードをくぐりさらに左へ。

そしてこの階段を上り左に進み、

同心橋を渡る。

橋を渡ったら袋井市に入り、渡詰めを左折して、

すぐに右、左と進むが、この右手に次の目的地がある。

名栗立場跡

現在は小さな公園になっているこの辺りは、江戸時代に名栗立場があった。

東海道中膝栗毛にも「瀬川を渡れば早名栗、松並木を西に見て立場茶屋に着く。名代の甘茶に舌鼓、ここは布井(袋井)の宿までの間の宿、旅籠屋があり、名物の花ござを売る店が軒を連ね、上り下りの旅人が珍しいと買って行く』と書かれている。

ということで、私もここにあるベンチに座りしばし休憩する。

名栗立場を出て少し歩くと右手にダイワハウスの大きな工場があり、旧東海道はそこから東海道中膝栗毛にも書かれていた松並木が760mも続く。

松の根本には菜の花が咲き乱れ、とても綺麗だった。

富士浅間宮赤鳥居

松並木の隙間から赤鳥居が見えてきた。

これは天正十八年(1590年)に、地頭の本間源三郎重泰が建立した富士浅間宮赤鳥居。

本殿はここから北へ約800m先にあるそうだ。

久津部の一里塚跡

松並木が終わり少し歩くと右側に開けた場所があり、そこに小さな松が二本植っていた。

ここは久津部の一里塚があった場所。塚木が松だったとのことで、往時を再現した縮小塚が設置されていた。

江戸日本橋から六十里(約240km)。

一里塚跡の向かいには日蓮宗の妙日寺がある。

袋井宿は東海道五十三次のどまん中

妙日寺のとなりの袋井東小学校の正門には、『東海道五十三次どまん中』の文字が掲げられている。

そう、袋井宿は東海道五十三次に於いて、江戸日本橋と京三条大橋どちらから数えても27番目の宿場になり、袋井市で、どまん中の文字を何度も見かけた。半世紀以上静岡県に住む私だが、袋井宿がちょうど真ん中にあたるとは、この道中を歩くまで知らなかった。

浜松市にある秋葉山は火防、鎮火の神として全国に広がった山岳信仰。浜松が近づき、次第に秋葉常夜燈が多くなる。

こちらは昭和二十八年建立。

自然石道標

上段左から村松宇刈道標、八幡社入口道標、法多山道標、油山寺道標と、この辺りは自然石の道標が多く残っていた。

江戸時代は庶民の旅行が制限されていたが、寺社参拝の旅は許されていた。しかし往時はまともな地図などがなく、道標などを頼りにしていたのだろう。

七ツ森神社

こちらは七ツ森神社。小夜の中山の怪鳥退治に朝廷から派遣された七人の武士が返り討ちに遭い、ここに葬られたそうだ。

小夜の中山を歩いたときには怪鳥のことは書かれていなかったが、心許ない山道にはさまざまな伝説が生まれるのだろう。

境内の千本鳥居の横の、スダジイの巨樹はとても見応えがあった。

七ツ森神社のとなりのコンビニで身を軽くして一服。さあ、袋井宿までもうすぐだ。

油山寺道標、可睡斎道標を右手に見ながら進み、

250mほど進むと道が右に曲がり県道に合流するが、旧東海道はそのまま直進する。

そして直角に左に折れて、

すぐの歩行者専用道路に入る(右折)。

そのまま進み、

歩行者専用道路が終わり道が広がると、次の目的地が見えてきた。

木製秋葉山常夜燈

こちらは秋葉山常夜燈だが、ここまで多く見てきた石製ではなく、珍しい木造屋形の常夜燈になる。

手の込んだ透かし彫りが素晴らしく、ここまで多く見てきた秋葉山常夜燈の中でも随一の傑作でした。建立は江戸時代?

木製常夜燈から100mほど先で右に弧を描き、その先の止まれを左折して、

すぐのスクランブル交差点を右折する。

袋井宿江戸口

曲がった先に『これより袋井宿』と刻まれた石柱があるが、ここが袋井宿の江戸(東)口があった場所になる。

石柱のすぐ先を左折して橋を渡る。

渡った先には東海道どまん中茶屋。袋井宿はどまん中推しだ。

茶屋の先のY字路は右に進む。

東本陣跡

すると立派な本陣門がある。こちらは袋井宿の三軒の本陣のうちの一軒、田代八郎左衛門が務めた東本陣の跡地になる。

東本陣のあった場所は公園になっていて、

本陣門のほか、井戸も復元されていた。

結構広かったのだなあと思うも、これは本陣の一部。解説図の水色で囲われた部分が公園で、実際にはその何倍もの広大な広さだったようだ。

歩みの記録

東本陣のすぐ先にある袋井宿場公園で終了。江戸日本橋から27番目の宿場の袋井宿に到着し、これで旧東海道を半分歩いた。果てしなく遠いと思っていた京三条大橋だが、ゴールが見えてきたぞい!

では、いつものようにiPhoneのフィットネスアプリのデータから、旅の記録を確認する。

  • 出発日:2026年5月4日(月)
  • 時 間:9時11分から12時26分(3時間15分)
  • 距 離:9.79km
  • 高 度:215m
  • 天 気:曇り
  • 気 温:19度
  • 湿 度:77%

今回はゴールデンウィーク真っ只中に掛川宿から袋井宿までを歩いたが、その距離は9.79kmで、3時間15分かかった。

慶長九年(1604年)に徳川秀忠公が『街道の左右に松を植えしめらる』と記したように、東海道といえば松並木だが、特にこの区間は多く、往時の雰囲気が残されていた。

またこの日はゴールデンウィークということで、東海道歩きの同業者とたくさん出会い、同志たちと楽しく歩くことができたのも印象的だった。

ということで今回は以上。後半戦のスタートとなる次回は、この日の午後に歩いた見附宿までの道のりを書いて行くので、興味のある方はお付き合いください。

面倒ですがポチッとお願いします

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 大福様 こんばんは。長の旅、お疲れさまです。
    山内一豊の妻千代が一豊に嫁入りのときの持参金で名馬を買ってあげたお話は有名ですよね。確か高知城にも馬と千代の像があったような・・・。一豊の行くところ千代ありですね。いつまでも嫁さんの尻に敷かれているといった感じ・・・。(^-^*) 十九首塚って、怖そうで何だか興味がありますね。またその内にご紹介ください。名残の松という名前の由来はなんなんでしょう。これも気にかかります。
    蝦夷を討った坂上田村麻呂、全国的に勇名を馳せたのでしょうか、当地にも彼に関する言い伝えが残っています。原川の松並木って立派ですね。そのまま江戸時代にタイムスリップ出来そうな感じがします。もうひとつの松並木も緩やかにカーブしたいかにも街道らしい雰囲気も素敵です。瘡薬師というのも珍しいですね。体が包帯で巻かれていることは、お薬師さまも患っていらっしゃるのでは?病気平癒を祈りに来た病人の患いを、かわりに自身の体で引き受けておられるといったかんじなのでしょうね。
    袋井市が東海道の中間になるのですね。そういえば、そのむかし東海道線を特急・こだまが走っていた頃かも知れませんが、東京・大阪の中間地点が浜松あたりになると言うことで、そこが東京と大阪に社屋を持つ会社の会議の場に設定されたとか聞いたことがあります。
    中間地点無事通過、おめでとうございます。

    七ツ森神社のお話、時の権力者にとって不都合なものを討ち取ると言った話でしょうか。坂上田村麻呂もそうですが、大江山の酒呑童子を源頼光と渡辺綱らが討ち取ったという、異端者退治の成功談は後々の代まで伝えられていくものの、失敗したときは語り草にはならずひっそりとその地方だけに伝わっている・・・。そういった事例は他にもあるかも知れませんね。木製の秋葉山常夜灯、本当に珍しいですね。木製の常夜灯なんて初めて知りました。それにしても静岡の景色は広いですね。
    今回もいろいろと面白かったです。ありがとうございました。梅雨に向かう季節、お身体大切に、気をつけて旅を続けられますように・・・。

コメントする

CAPTCHA


目次